早牛村(読み)はやうじむら

日本歴史地名大系 「早牛村」の解説

早牛村
はやうじむら

[現在地名]青谷町早牛

大坪おおつぼ村の南、日置ひおき谷の奥部、日置川支流早牛川(利川)流域に位置する。西の八葉寺はつしようじ村へはカラカハ坂を越え二五町(因幡志)。拝領高は二九八石余、本免は六ツ二分。藪役銀八匁二分一厘が課せられ(藩史)、「因幡志」では家数五六。安政五年(一八五八)の村々生高竈数取調帳によると生高三四五石余、竈数五九。山根やまね村・河原かわら村で漉いていた御用紙の原料となる楮の産地で、年貢の一部は楮請米として翌年五月までの延納が認められていた。元文元年(一七三六)には年貢のうち四二石余が翌年五月納であったが、楮請米はのち停止された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む