早稲田古墳群(読み)わせだこふんぐん

日本歴史地名大系 「早稲田古墳群」の解説

早稲田古墳群
わせだこふんぐん

[現在地名]須賀川市下山田

阿武隈川東岸の自然堤防上にある古墳時代後期の古墳群。昭和五六年(一九八一)に一九基の古墳と三〇五基の土坑が調査された。七号墳は前方後円墳で、全長二三・六メートル、後円部直径一五―一三メートル、幅二・六メートルの周溝がめぐり、後円部東側に土橋がある。封土・主体部は完全に失われ、周溝のみ残存する。東西くびれ部最下層から五世紀末に位置付けられる土師器片が出土。また主体部と思われる地点から過去に直刀一振が掘出されたが、その際多量の木炭があったといわれることから、石室をもたない可能性がある。七号墳以外はすべて直径一七―一八メートルの規模の小さい円墳で、一―四号墳・六号墳・一〇号墳・一二―一六号墳・一八号墳は横穴式石室もしくはその可能性がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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