昌楽寺(読み)しようらくじ

日本歴史地名大系 「昌楽寺」の解説

昌楽寺
しようらくじ

[現在地名]前橋市元総社町

総社そうじや神社の北東にあり、西林山浄土院と号し、天台宗本尊阿弥陀如来。明治一〇年(一八七七)頃の「郡村誌」では、総社町の項に昌楽寺があり、「村南字昌楽寺廻ニ在リ」とされるので、近代に入るまで、現在の総社町総社の日枝神社付近に存在した。同地には白鳳期の山王さんのう廃寺があるが、昌楽寺の前身とも考えられる。数次の火災により記録が残らないが、伝承では宝亀六年(七七五)船尾山に建立した寺が足利俊綱によって焼かれ、その後天台宗に改宗し、守護神日枝神社(山王権現)を祀り、上野の里に再建したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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