明日の百より今日の五十(読み)アスノヒャクヨリキョウノゴジュウ

デジタル大辞泉 「明日の百より今日の五十」の意味・読み・例文・類語

明日あすひゃくより今日きょう五十ごじゅう

あてにならないものに期待するより、たとえ少なくても確実なものの方がよいということ。末の百両より今の五十両。聞いた百文より見た一文

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

ことわざを知る辞典 「明日の百より今日の五十」の解説

明日の百より今日の五十

明日もらえるはずの百文の銭よりも、今日確実に手に入る五十文のほうがよい。金額は多いが支払いが後になるよりも、少額でもすぐ自分のものになる方がよい。

[使用例] 明日の百より今日の五十文、笑うなかかれの生活現状は、この語を発するの止むを得ざるものありて存する事を、〈略〉渠等農民は明日の思慮を忘れて今日の五十文に甘んじ、辛うじて一日を過ごし居るなり[横山源之助*日本之下層社会|1899]

[解説] あてにならないものに期待をかけず、確実なものを重視せよ、あるいは、明日はどうなるかわからないから、今を大事にするがよいという教訓にもなります。

英語〕A bird in the hand is worth two in the bush.(手のなかの鳥一羽は藪のなかの二羽に値する)

出典 ことわざを知る辞典ことわざを知る辞典について 情報

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む