星野考祥(読み)ほしの こうしょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「星野考祥」の解説

星野考祥 ほしの-こうしょう

1823-1887 幕末-明治時代の農政家。
文政6年生まれ。越後(えちご)(新潟県)の名主星野家の養子。文久3年刈谷田川の丸山興野の堤防が決壊し,新発田(しばた)藩領の農民と幕領の下流村民があらそい死傷者がでた際,江戸に滞在して解決につくす。維新後は北越地方の地租改正事業に従事。明治20年3月21日死去。65歳。本姓は金井。名は履。字(あざな)は徳基。通称は理右衛門,忠三。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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