春原庄(読み)しゆんのはらのしよう

日本歴史地名大系 「春原庄」の解説

春原庄
しゆんのはらのしよう

庄内に万吉まげち郷や平塚ひらつか郷が含まれるので、荒川右岸の現熊谷市万吉平塚新田付近の和田吉野わだよしの川流域に比定される。貞応三年(一二二四)正月二九日の新田尼譲状写(正木文書)によると、上野国新田につた(現群馬県新田郡)岩松いわまつ郷などとともに「春原庄内万吉郷」が新田尼(新田義兼の妻)から孫の岩松時兼に譲与されている。宝治二年(一二四八)八月八日、「むさしのくにすんのはらのさう(春原庄)の内まんきちのかう(万吉郷)」などが時兼の女房に譲与されたが、弘長三年(一二六三)三月二日に時兼は女房の遺言に従って万吉郷のうち地頭佃五段を墓所堂に寄進し、その残りを子息経兼に改めて譲与している(各年同日の「岩松時兼譲状写」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む