時崎村(読み)ときざきむら

日本歴史地名大系 「時崎村」の解説

時崎村
ときざきむら

[現在地名]江戸崎町時崎

小羽賀こはが村の西北に位置し、清水しみず川中流の台地にある。中世信太しだ庄に属し、江戸中期以降は下総関宿藩領と伝え、元禄郷帳の村高は三三八石余。幕末は関宿藩領三三八石余(各村旧高簿)。旧村社八幡神社は社伝によれば、江戸崎城主土岐信濃守の奉斎社で、明和三年(一七六六)に関宿藩主久世出雲守が修営寄進したといい、別当天台宗八幡はちまん(廃寺)が勤めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 廃寺 信太 境内

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む