普恩寺村(読み)ふおんじむら

日本歴史地名大系 「普恩寺村」の解説

普恩寺村
ふおんじむら

[現在地名]玄海町大字普恩寺

値賀ちか(今村)と接する海岸沿いの緩やかな丘陵にある村。名守なもり川があるが水利に乏しく、塔の谷とうのたに溜池などが灌漑用水をなしている。村名の起りは、普恩寺の所在にあるとされる。

旧村社値賀神社は、昔は松尾まつお権現と称したが、明治になって改称された。暦応元年(一三三八)源孝がこの一帯の値賀六郷の鎮護のため勧請したが、永禄年間(一五五八―七〇)焼失し、慶長二年(一五九七)九月一五日値賀伊勢守長が再建したことを記す棟札がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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