普斎流(読み)ふさいりゅう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「普斎流」の意味・わかりやすい解説

普斎流
ふさいりゅう

千家3世千宗旦(せんのそうたん)の四天王の1人とされる杉木普斎(1628―1706)を流祖とする茶道の流派。普斎は伊勢(いせ)神宮の御師(おし)の子として生まれ、成人すると同時に宗旦の門に入り、利休正風の茶を体得したあと、播州網干(ばんしゅうあぼし)(姫路市)を本拠地とした師檀(しだん)関係とのかかわりのなかで、茶の湯の伝播(でんぱ)に努めている。流儀としての正系は残っていないが、門弟の島崎宗乙(そういつ)などによってその茶風は幕末に至るまで伝えられてきた。

[筒井紘一]

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