コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

杉木普斎 すぎき ふさい

3件 の用語解説(杉木普斎の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

杉木普斎

江戸前・中期の茶人。伊勢山田生。名は光敬、号に宗喜・直入庵・得失庵等。家業の御師を継ぐかたわら千宗旦について茶を学び、山田宗徧らと共に宗旦四天王に数えられる。宝永3年(1706)歿、79才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

杉木普斎 すぎき-ふさい

1628-1706 江戸時代前期の茶人。
寛永5年生まれ。母は杉木美津。伊勢(いせ)(三重県)山田の人。伊勢神宮の御師(おんし)(神職)の家をつぐ。千宗旦(そうたん)に入門,山田宗徧(そうへん)とならぶ高弟となる。播磨(はりま)(兵庫県)など各地をめぐり,茶の湯をひろめた。宝永3年6月21日死去。79歳。名は光敬(みつたか)。通称は吉太夫。別号に宗喜,直入庵,得失庵。著作に「普斎十巻条」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

杉木普斎
すぎきふさい
(1628―1706)

江戸前期の茶人。伊勢外宮(いせげくう)の御師(おし)、杉木吉大夫光貞の子で、名は光敬(みつたか)。普斎、宗喜、得失庵(あん)、直入庵などの号をもつ。宗旦(そうたん)四天王の一人。早くから茶に志し、1642年(寛永19)千宗旦の門に入り、山田宗(そうへん)と並ぶ高弟となる。宗旦没後はその子一翁宗守、江岑宗左(こうしんそうさ)に習う。68年(寛文8)以来、伝書の形式で利休の正風、宗旦的伝の茶を門弟に伝授したことや、家職の関係から各地を歩くなかで、茶の伝授にあたったのが特徴。初め勢州茶楽人、のち日本茶楽人と号した。宝永(ほうえい)3年6月、伊勢にて79歳で没した。[村井康彦]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

杉木普斎の関連キーワード小川卜斎尾関長伝織田信益鏡尼伊達道作布施孫兵衛古田斎宮(初代)古田斎宮(2代)古田斎宮(3代)古田斎宮(4代)

今日のキーワード

日本政策投資銀行

1999年に日本開発銀行と北海道東北開発公庫を統合し、発足した政府系総合政策金融機関。一般の金融機関が行なう金融などを補完・奨励し、長期資金の供給などを行ない、日本の経済社会政策に金融上で寄与していく...

続きを読む

コトバンク for iPhone