日本歴史地名大系 「曾根村・大西村」の解説 曾根村・大西村そねむら・おおにしむら 奈良県:大和高田市曾根村・大西村[現在地名]大和高田市甘田(かんだ)町の全域、および西三倉堂(にしみくらどう)二丁目の一部と大字曾大根(そおね)曾根村は葛城川西方、三倉堂村南方にあり、西大寺田園目録に「葛下郡廿八条四里卅四坪内六段半字北土橋」とある「字北土橋」は現在の小字土橋(つちはし)である。中世、多武峯根本領。「多武峯略記」によると、曾根源太季方・布施源蔵行弘らが興福寺勢力圏(平田庄)に属し多武峯(とうのみね)に抗している。慶長郷帳では村高七六三・七六石、新庄藩(桑山一晴)領。のち御所藩(桑山元晴)領となる。寛永六年(一六二九)同藩の改易でいったん幕府領に編入されたが、同一六年郡山藩(郭住、本多勝行)領となり、延宝七年(一六七九)以降再び幕府領となる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by