日本歴史地名大系 「最上家在城諸家中町割図」の解説
最上家在城諸家中町割図(最上氏時代城下絵図)
もがみけざいじようしよかちゆうまちわりのず
二三一・五×一八四・五センチ
写図 県立図書館
解説 最上義光時代の山形城下と山形城の状況を描いた彩色絵図。「山形藩 藤原守春 写之」と銘があり、年号は記されない。現存する写図のうち色彩も鮮明で、屋敷割の線引も整っており、描図・字体ともに最も優れたものの一つ。各侍屋敷の侍名、本丸・二の丸・三の丸、濠・門の位置や形態、町屋敷・街路・橋・寺・社などが詳細に描かれる。原図は未発見であるが、現在二八本の写図が確認されており、原図の成立は元和二―六年の間と考えられている。写図は描彩・記載内容・形状などから二系統に大別される。一系統は幕府に提出した正式の絵図につながると推測され、藤原守春本と、天保一五年吉野屋(渡辺)吉兵衛が一斎巌翁に書写させたものが原図に近いと思われる。写図のうち最古のものはもう一方の系統に属し、天明八年の写である。「日本の市街古図」東日本編・「山形市史」史料編一所収
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報