最胤入道親王(読み)さいいんにゅうどうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「最胤入道親王」の解説

最胤入道親王 さいいんにゅうどうしんのう

1565-1639 織豊-江戸時代前期,邦輔(くにすけ)親王の第8王子。
永禄(えいろく)8年生まれ。正親町(おおぎまち)天皇猶子となり,天正(てんしょう)3年親王。同年三千院で出家応胤法親王師事。三千院(梶井)門跡(もんぜき)をへて慶長17年天台座主(ざす)にのぼり,没年まで28年間その任にあった。寛永16年1月13日死去。75歳。俗名は惟常(これつね)。著作に「覚勝院月次(つきなみ)連歌」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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