月林寺跡(読み)がつりんじあと

日本歴史地名大系 「月林寺跡」の解説

月林寺跡
がつりんじあと

[現在地名]長野市安茂里 窪寺

吾妻鏡」の文治二年(一一八六)三月一二日条の乃貢未済庄々注文に「天台末月林寺」とあって、比叡山延暦えんりやく寺の末寺で、月林寺境内を含めて延暦寺の荘園であった。寺は山の窪にあったためであろうか、俗に窪寺ともよばれ、村落の名になった。

現在の紫慶山正覚院月林寺はその跡である。ここには藤原時代中期の観音菩薩安置(県宝)した観音堂がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む