有井村(読み)ありいむら

日本歴史地名大系 「有井村」の解説

有井村
ありいむら

[現在地名]庄内町有井

庄内川流域に位置し、東は大門おおかど村。民居は一ヵ所にある(続風土記拾遺)。正応四年(一二九一)一〇月日付宇都宮薩摩守給知覚(宇都宮文書/鎌倉遺文二三)に「筑前国ありい・ありやす五十町」とある。小早川時代の指出前之帳では有井村の田一〇町七反余(分米九六石余)・畠五反余(分大豆一石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高二二八石余、うち大豆八石余(慶長石高帳)。元禄五年(一六九二)には高二三七石余、人数一二〇(田圃志)。石高書上帳案の郡帳高も同じ。


有井村
ありいむら

[現在地名]大和高田市西にし町・大字有井

高田川西岸、神楽じんらく村西南方にある環濠集落。村域内に弘法井戸がある。江戸時代初期、新庄藩(桑山一晴)領。慶長郷帳にみる村高は二八四・八一石。延宝五年(一六七七)新庄藩主桑山一尹が襲封の際、弟一慶に葛下郡のうち一千二〇〇石を分知して寄合に列した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む