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有井諸九尼 ありい しょきゅうに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

有井諸九尼 ありい-しょきゅうに

1714-1781 江戸時代中期の俳人。
正徳(しょうとく)4年生まれ。有井浮風(ふふう)と駆け落ちし,大坂にでる。宝暦12年浮風の死後剃髪(ていはつ)。のち奥の細道をたどる旅をし,紀行「秋かせの記」をあらわす。蝶夢,蓼太(りょうた),烏明(うめい)らとしたしかった。天明元年9月10日死去。68歳。筑後(ちくご)(福岡県)出身。本姓は永松。通称はなみ。号は「もろくに」ともよむ。初号は雎鳩(しょきゅう)。別号に蘇天,湖白庵,千鳥庵後婦。句集に「諸九尼句集」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

有井諸九尼

没年:天明1.9.10(1781.10.26)
生年:正徳4(1714)
江戸中期の俳人。名はなみ。前号,波(浪)女,雎鳩(鳥のミサゴのことで,夫婦愛の強い鳥の代表)。別号,湖白庵,千鳥庵後婦,蘇天。筑後国(福岡県)竹野郡の人。父の従兄弟に当たる中原村の庄屋永松万右衛門と結婚。寛保3(1743)年ごろ,近村に滞在中の,志田野坡門の俳人有井湖白(後号浮風)と不義密通,駆け落ちし,大坂,京都に移住。宝暦12(1762)年5月,浮風が病没したため剃髪して尼となる。以後,京岡崎の湖白庵で俳三昧に入って,名声をあげた。旅を好み,西国や奥羽にも行脚したが,晩年は郷里に住んだ。作風は温雅,静寂な写生句を中心とし,小動物を慈愛をこめて見守った「生けるものあつめてさびし涅槃像」などの句に特色がある。<著作>『湖白庵諸九尼全集/増訂版』

(加藤定彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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