有山屋敷跡(読み)ありやまやしきあと

日本歴史地名大系 「有山屋敷跡」の解説

有山屋敷跡
ありやまやしきあと

[現在地名]多摩市東寺方

通称城山しろやま北麓の大栗おおくり川自然堤防上にある。戦国期、小田原北条氏の直轄領だった関戸せきど郷の伝馬・問屋や関銭徴収の任にあたった有山氏の居宅跡と伝えられる。天文二四年(一五五五)一月一一日、有山源右衛門は北条氏の代官松田盛秀から関戸宿の問屋を命じられ、伝馬役も請負った(「松田盛秀判物」有山文書)。また天正一四年(一五八六)三月一二日の松田憲秀朱印状写(武州文書)によれば、関戸郷の又代官であったと考えられる森岡某が欠落した際に、関戸郷の所務を預け置かれた六人の百姓のうちに有山源右衛門の名がみえ、この時源右衛門は関銭徴収も命じられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む