有栖川宮妃董子(読み)ありすがわのみやひ ただこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「有栖川宮妃董子」の解説

有栖川宮妃董子 ありすがわのみやひ-ただこ

1855-1923 明治-大正時代,有栖川宮熾仁(たるひと)親王の妃。
安政2年5月12日生まれ。越後(えちご)(新潟県)新発田(しばた)藩主溝口直溥(なおひろ)の7女。病死した貞子妃のあと,明治6年熾仁親王と結婚。親王とともに佐野常民(つねたみ)らをたすけ博愛社(のちの日本赤十字社)創設につくし,東京慈恵医院幹事長を10年間つとめた。大正12年2月7日死去。69歳。幼名は栄姫。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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