朝倉上之村(読み)あさくらかみのむら

日本歴史地名大系 「朝倉上之村」の解説

朝倉上之村
あさくらかみのむら

[現在地名]朝倉村朝倉上

高縄たかなわ半島の南東部、頓田とんだ川の上流に位置する山あいの村。寛永一二年(一六三五)松山今治両藩主入国の時に、今治藩領朝倉上村から三八八石一斗を分郷して成立した。松山藩領の村であったが、明和二年(一七六五)に上知されて幕府領となり、文化一二年(一八一五)から松山藩預として明治に至る。今治藩領朝倉上村との境界はきわめて錯綜している。

貞享三年(一六八六)の御田畑坪地組帳では、高三五七石八斗余、田畑三一町五反、新田畑は、元禄七年(一六九四)の地坪野取帳で田畑四町四反余、高三二石余である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む