朝倉上村(読み)あさくらかみむら

日本歴史地名大系 「朝倉上村」の解説

朝倉上村
あさくらかみむら

[現在地名]朝倉村朝倉上

高縄(たかなわ)半島の南東部、頓田(とんだ)川上流に位置し、同川の支流沿いに多くの集落に分れている。戦国期には府中の守りとして南部の桑村(くわむら)郡との郡境付近の山岳地に竜門(りゆうもん)城はじめ明神(みようじん)山・弓場・行司原などの多くの城砦が築かれた。白地(しらじ)には南越山城・梅ヶ月城があり日浅通近が守っていた。天正四年(一五七六)は極度の凶作で、翌年三月百姓一揆が起こり、逃場を失った城主は梅ヶ月谷で切腹したと伝える(伊予不動大系図)。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の越智郡の項に「朝倉上村 定水所、小川有、日損所」とみえ、村高一千六六三石五斗八合、うち田方一千五六三石三斗一升四合、畠方一〇〇石五斗九升四合、右のうち三五七石四斗九升四合松平隠岐守分(松山藩領)、一千三〇六石一升四合松平美作守分(今治藩領)とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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