日本歴史地名大系 「桑村」の解説
桑村
くわむら
川島町・
慶長二年(一五九七)の分限帳では林与右衛門(能勝)知行分のうちに桑村高八三九石余がみえる。正保国絵図では高八三八石余。寛文四年(一六六四)の郷村高辻帳では水損、芝山・小はへ山との注記があり、田高二〇八石余・畠高六二九石余。その後村の一部は延宝六年(一六七八)に成立した富田藩領となった(享保一〇年まで)。天和二年(一六八二)の富田藩領地方帳では家臣に与えられた分として高一石余、物成五斗余、内麦二石余とある。「阿波志」によると土田の割合は上等の陸田が一〇分の四、下等の陸田が一〇分の五、水田一〇分の一の比率であった。
桑村
くわむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報