朝来中村(読み)あせくなかむら

日本歴史地名大系 「朝来中村」の解説

朝来中村
あせくなかむら

[現在地名]舞鶴市字朝来中・朝来西町あせくにしまち

朝来谷の中央に位置し山を背に南面して立地する。集落は山麓縁辺にほぼ東西に広がり、集落南の朝来川沿いに水田が開ける。

中世は志楽庄朝来村の中心地。朝来中村の田口たぐち神社にあった貞和三年(一三四七)の鰐口銘に「丹後国志楽庄朝来村」とみえる。観応元年(一三五〇)一二月二七日、足利尊氏が志楽庄朝来村地頭職を修造料所として醍醐寺に寄進(醍醐寺文書)、丹後国田数帳の志楽庄の項に「四十二町五十歩 朝来村三宝院」とみえ、ほぼ同年代頃の康正二年造内裏段銭并国役引付には「拾貫弐百文(中略)三宝院御門跡御領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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