木目城跡(読み)きのめじようあと

日本歴史地名大系 「木目城跡」の解説

木目城跡
きのめじようあと

峠を挟んで東側と西側の尾根上に構築されている。東側は尾根上の郭を中心に北側斜面に階段状の小郭が並び、地籍は板取いたどり足谷あしたににある。西側は小規模ながら空堀土居をめぐる郭で、地籍は二ツ屋ふたつや鉢伏はちぶせにあたり、「越前国城蹟考」の鉢伏城跡の項の付記にいう「観音丸城」にあたると考えられる。

「朝倉始末記」には永禄一二年(一五六九)織田信長侵攻に備えて「又木ノ目・中ノ河内・椿坂ヲモ城ニゾ構ラレケル」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む