木積山薬師堂跡(読み)きづみやまやくしどうあと

日本歴史地名大系 「木積山薬師堂跡」の解説

木積山薬師堂跡
きづみやまやくしどうあと

[現在地名]大宮町字周枳

木積山頂から南に約二〇〇メートルの平地に礎石一〇個が残る。推定される境内地跡は北一〇間、東一二間、南五間、西一七間。

「丹後旧事記」に、

<資料は省略されています>

と記され、さらに同書によれば、一説として菊井兵庫頭は切腹してこの薬師堂の伽藍に火を放ち主従五三人が火中へ飛び込んだと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む