末島村(読み)すえとうむら

日本歴史地名大系 「末島村」の解説

末島村
すえとうむら

[現在地名]浜松市豊西町とよにしちよう

中善地なかぜんじ村の南、豊田川流域に位置。「遠江国風土記伝」によれば正保(一六四四―四八)以後、善地村(現浜北市)から分村した三ヵ村の一という。豊田郡に属し、元禄郷帳に善地村枝郷と注記して村名がみえ、高一八石余。国立史料館本元禄郷帳、享保郷村高帳、旧高旧領取調帳では幕府領。文政一一年(一八二八)の村明細帳(小倉家文書)によればすべて畑で高三一石余。家数三九・人数二一〇。大麦・小麦・大豆・小豆木綿などを作り、干鰯・油粕・水肥を入れていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む