日本歴史地名大系 「本一色村」の解説 本一色村ほんいつしきむら 東京都:江戸川区本一色村[現在地名]江戸川区本一色一―三丁目・松本(まつもと)一―二丁目・興宮町(おきのみやちよう)上一色(かみいつしき)村の南に位置し、東は興野宮(おきのみや)村、南は東小松川(ひがしこまつがわ)村・松本(まつもと)村、西は下小松(しもこまつ)村(現葛飾区)。南東端を元佐倉道が通る。東部を用水の中井(なかい)堀が南流する。西端を南流する小松川境(こまつがわさかい)川は悪水堀として利用された。中世は葛西(かさい)御厨のうちで、上一色とともに一色と称された。田園簿に村名がみえ、田三一五石余・畑七〇石余、ほかに野銭永五七八文、舟役一艘分永一〇〇文が課せられている。文政一一年(一八二八)の助郷勤高は三八一石余で(「新宿町助郷高取調書上帳」宇田川家文書)、新宿(にいじゆく)町(現葛飾区)に出役した。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by