本養寺(読み)ほんようじ

日本歴史地名大系 「本養寺」の解説

本養寺
ほんようじ

[現在地名]池田市綾羽二丁目

日蓮宗。瑞光山と号し、本尊は十界大曼荼羅。応永年中(一三九四―一四二八)創建と伝え、寺蔵の近衛様御殿御由緒書によると、関白近衛道嗣の子で、京都本圀ほんこく寺の第五世日伝の嫡弟玉洞妙院日秀の創建という。当寺諸記録によると、室町時代には「近衛様御寺」とよばれ、江戸時代には六代将軍徳川家宣の御台所熙子(天英院)が、近衛基熙の女であることから、将軍家より寺領が寄進され、また熙子の妹功徳池院脩子を妃とした閑院宮直仁親王からも上田一反余を寄進されている。元禄四年(一六九一)から同八年にかけて檀越大和屋一統の援助により再建された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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