札幌護国神社(読み)さつぽろごこくじんじや

日本歴史地名大系 「札幌護国神社」の解説

札幌護国神社
さつぽろごこくじんじや

[現在地名]中央区南十五条西五丁目

護国の英霊二万五千五一八柱を祭神とする。当社の起源は明治一〇年(一八七七)に西南戦争で戦死した三七名の屯田兵を祀って、同一二年一〇月に偕楽(かいらく)園(現北区)内に建立された屯田兵招魂碑にある。同一三年から招魂祭が毎年八月二日に執行された。同日は官公署・学校は休業日となり、札幌神社(現北海道神宮)の例祭と並ぶ祭となっていた。その後、日清戦争の戦死者も合祀され、碑の保存と祭祀を執行する札幌招魂碑保存会が明治二九年七月に設立された。同会では同三六年に碑の移転を決め、同四〇年七月に中島(なかじま)公園内に移設。同四二年一二月に札幌忠魂碑と改称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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