20世紀日本人名事典 「村山藤四郎」の解説
村山 藤四郎
ムラヤマ トウシロウ
大正・昭和期の社会運動家
- 生年
- 明治32(1899)年7月6日
- 没年
- 昭和29(1954)年1月14日
- 出生地
- 茨城県多賀郡大津町
- 別名
- 筆名=和田 叡三,木村 敏郎
- 学歴〔年〕
- 東京帝国大学英法科〔大正13年〕卒
- 経歴
- 在学中新人会に参加し、卒業後神戸県立商業学校教諭となる。14年産業労働調査所大阪支所が設立されると、その所員となる。同年農民労働党結党式には書記をつとめる。15年コミュニストグループに加入し、昭和2年労働農民党に参加。のち共産党に参加し、「マルクス主義」「農民運動」「労働者」などの雑誌に多くの論文を発表。3年の3.15事件ではおくれて検挙され、獄中で解党論を唱え、共産党から除名される。懲役9年に処せられ、10年仮釈放後は国民思想研究所主事となり、戦時中は満鉄調査部に属した。戦後帰国して開拓地に入り、全日本開拓者連盟委員長などを歴任した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報