村雲大休寺跡(読み)むらくもだいきゆうじあと

日本歴史地名大系 「村雲大休寺跡」の解説

村雲大休寺跡
むらくもだいきゆうじあと

応仁の乱で焼亡するまで現京都市上京区にあった寺。竪富田たてとみた町東部中央より南へ一条までの、東西一町・南北二町が寺跡にあたる。中古京師内外地図には百万遍ひやくまんべんの西にほり川に面して「村雲大休寺」とあるが、中昔京師地図では堀川の西に「雲寺・森寺」と記しており、位置が異なる。「太平記」巻二六に「やがて一条堀川村雲ノ反橋もどりばしト云所ニ、寺ヲ立テ宗風ヲ開基スルニ、左兵衛督日夜ノ参学」とあるように、大休寺は足利直義建立で、僧の開基と伝える寺である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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