日本歴史地名大系 「来福村」の解説
来福村
らいふくむら
[現在地名]大東町千浜
現大東町の南東端に位置し、
慶長一一年(一六〇六)の如水外来福村等開発手形(笠原文書)に「来ふく」ほかの新田開発のことがみえ、翌年から年貢を納めるよう定められている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現大東町の南東端に位置し、
慶長一一年(一六〇六)の如水外来福村等開発手形(笠原文書)に「来ふく」ほかの新田開発のことがみえ、翌年から年貢を納めるよう定められている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...