東剣坂村(読み)ひがしけんざかむら

日本歴史地名大系 「東剣坂村」の解説

東剣坂村
ひがしけんざかむら

[現在地名]加西市東剣坂町

西剣坂村の東に位置する。中世西下郷にししもざと(のち剣坂庄)に属し、西剣坂村とともに剣坂村とよばれ同庄の中核を構成した。慶長国絵図に「ひかし剣坂村」とみえる。領主の変遷は東南ひがしなん村と同じ。正保郷帳には東釼坂村とあり、田方五八九石余・畑方四四石余。元禄郷帳では高七四一石余。西剣坂・東剣坂両村共有の用水池や入会山があり、用水溝が西剣坂村地内を経ており、両村は領主が異なっていたためたびたび水論・山論を起こしている(西剣坂町有文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む