東古瀬村(読み)ひがしごせむら

日本歴史地名大系 「東古瀬村」の解説

東古瀬村
ひがしごせむら

[現在地名]社町東古瀬

加古川の支流東条(とうじよう)川の右岸に位置し、東は屋度(やど)村、西は中古瀬村。現在行政上は「ひがしこせ」という。戦国時代は福田(ふくだ)保内の古瀬村に西古瀬村・中古瀬村とともに含まれていたとみられる。暦応二年(一三三九)八月一日の大部庄公文尼性阿代古世弥次郎着到状案(東大寺文書)にみえる古世弥次郎は、当地を名字の地とする武士と考えられる。永禄一〇年(一五六七)六月一九日の大塚与次郎田地寄進状(清水寺文書)によると、「賀東郡福田古瀬村小池之内」の一段七斗代の地が清水(きよみず)寺に寄進されており、現在の中古瀬には字小池(こいけ)が存在する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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