東向北町(読み)ひがしむききたまち

日本歴史地名大系 「東向北町」の解説

東向北町
ひがしむききたまち

[現在地名]奈良市東向北町

花芝はなしば町の南、東六坊ひがしろくぼうの道に沿い、興福寺築地に面した東向四町の一。「奈良曝」に「町役廿九軒」とあり、興福寺流記によればかつては興福寺の果園・園地の地と伝える。「奈良坊目拙解」は天正元年(一五七三)の地子帳に「東向町」の名が載るとする。寛永一九年(一六四二)、宝永元年(一七〇四)大火灰燼に帰し、元禄一一年(一六九八)の家数三九(うち号所三、一乗院門跡家来一、専当屋敷二)、竈数三六(奈良坊目拙解)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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