東垪和村(読み)ひがしはがむら

日本歴史地名大系 「東垪和村」の解説

東垪和村
ひがしはがむら

[現在地名]旭町東垪和

北は通谷(かいだに)村、西は西垪和村。通谷川の谷の南の起伏の多い山地の村である。正保郷帳では田方一六九石余・畑方一一四石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳の開高四石余。「作陽誌」の戸口は五三軒・二八六人。領主の変遷は西垪和村と同じ。氏神は西垪和村との村境にある三宮八幡宮である。天台宗永年(えいねん)寺があり、角応山と号し、本尊阿弥陀如来。「久米郡誌」によれば、寛平六年(八九四)慈覚大師の開基、三宮八幡宮の別当であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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