東小部村(読み)ひがしおうぶむら

日本歴史地名大系 「東小部村」の解説

東小部村
ひがしおうぶむら

[現在地名]北区山田町小部(やまだちようおうぶ)・鈴蘭台北町(すずらんだいきたまち)一―九丁目・鈴蘭台東町(すずらんだいひがしまち)一―九丁目・惣山町(そうやまちよう)一―五丁目・若葉台(わかばだい)一―四丁目・大脇台(おおわきだい)・筑紫(つくし)が丘(おか)五―六丁目・甲栄台(こうえいだい)一―五丁目・鈴蘭台西町(すずらんだいにしまち)一丁目・同四―六丁目・鈴蘭台南町(すずらんだいみなみまち)六―七丁目・同九丁目

六甲(ろつこう)山地と丹生(たんじよう)山地に挟まれた山間地は、志染(しじみ)川(山田川)流域部と六甲山地部を含む中世山田庄の地で八部(やたべ)郡に属し、近世には丹生山田(たんじようやまだ)庄とよばれ、庄内に一三の村が成立した(正保郷帳など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む