西小部村(読み)にしおうぶむら

日本歴史地名大系 「西小部村」の解説

西小部村
にしおうぶむら

[現在地名]北区山田町小部(やまだちようおうぶ)・鈴蘭台西町(すずらんだいにしまち)一―六丁目・鈴蘭台南町(すずらんだいみなみまち)一―八丁目・君影町(きみかげちよう)一―六丁目・南五葉(みなみごよう)一―六丁目・鳴子(なるこ)一―二丁目・星和台(せいわだい)一丁目・北五葉(きたごよう)一―七丁目・甲栄台(こうえいだい)三―五丁目・大原(おおはら)一丁目・泉台(いずみだい)一―七丁目

東小部村西隣にあり、近世八部(やたべ)郡丹生山田(たんじようやまだ)庄のうち。小部村が東西に分村して成立(→東小部村)。分村後の正保郷帳では高三八九石余で、幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む