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東政図 ひがし まさみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

東政図 ひがし-まさみち

1835-1911 幕末-明治時代の武士,外交官。
天保(てんぽう)6年9月17日生まれ。陸奥(むつ)盛岡藩士。南部氏の一門で,嘉永(かえい)6年(1853)家老となる。保守派の楢山(ならやま)佐渡と対立し,佐渡の自刃(じじん)後は大参事として戊辰(ぼしん)戦争の敗戦処理にあたった。のち外務省にはいり,清(しん)(中国)芝罘(チーフー)(現煙台)初代領事。明治44年3月5日死去。77歳。通称は次郎。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

東政図

没年:明治44.3.5(1911)
生年:天保6.9.17(1835.11.7)
幕末の盛岡藩士。通称次郎。藩主南部一門の家に生まれる。父は政博。嘉永6(1853)年の三閉伊大一揆の善後処理を課題として家老に任命される。藩政改革を進めるが,その急進性が反発を招いて翌年辞職。以来,楢山佐渡と対抗関係に立ち,2度にわたり辞職と復職を繰り返し,明治1(1868)年を迎える。同年の戊辰戦争で盛岡藩は奥羽越列藩同盟に参加,新政府軍の攻撃を受け降伏した。佐渡自刃のあとを受け藩政首脳として敗戦処理に当たり,廃藩置県とともに辞任。

(井上勲)

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