東本成寺村(読み)ひがしほんじようじむら

日本歴史地名大系 「東本成寺村」の解説

東本成寺村
ひがしほんじようじむら

[現在地名]三条市東本成寺・西本成寺にしほんじようじ二丁目・土場どば桜木さくらぎ町・南四日みなみよつか町三―四丁目

近世は単に「本成寺村」と称し、東本成寺村と改称するのは明治一二年(一八七九)である。西本成寺村の南に位置し、東は五明ごみよう村、南はなか村と接する。もともと本成寺の寺領域であったが、寺領地改によって新たに打出された二〇〇石が新発田藩付けとなり、寛永二〇年(一六四三)領分との村分けが行われ、新発田藩領本成寺村となった(「当寺記録写」本成寺文書)。寺領では慶安三年(一六五〇)検地が行われ、これと並行して新発田藩は領分の百姓に高請を命じるとともに新田開発を督励肝煎に吉兵衛(中沢家)を任じ、田畑小割帳の作成を命じている(「書付之写」中沢禎壱氏文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む