東沢瀉(読み)ひがし たくしゃ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「東沢瀉」の解説

東沢瀉 ひがし-たくしゃ

1832-1891 幕末-明治時代の儒者
天保(てんぽう)3年10月9日生まれ。二宮錦水,佐藤一斎にまなび,岩国藩の藩校養老館でおしえる。尊攘(そんじょう)論をとなえ必死組を組織し,流罪となる。維新後は沢瀉塾をひらいた。明治24年3月28日死去。60歳。周防(すおう)(山口県)出身。名は正純。字(あざな)は崇一。通称は崇一郎。著作に「証心録」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む