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東胤行 とう たねゆき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

東胤行 とう-たねゆき

?-? 鎌倉時代の武将,歌人。
東重胤(しげたね)の子。源実朝につかえる。承久(じょうきゅう)の乱での功で,下総(しもうさ)東荘(とうのしょう)(千葉県)の領主から美濃(みの)(岐阜県)郡上(ぐじょう)郡山田荘の地頭となる。藤原為家(ためいえ)に和歌をまなび,その娘婿となり,二条流の歌人として知られた。文永10年(1273)80歳で死去とも,弘長3年(1263)ごろ91歳で死去ともいう。法名は素暹(そせん)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の東胤行の言及

【東氏】より

…下総出身の中・近世武家。平姓千葉氏族。千葉常胤の六男六郎大夫胤頼(たねより)を祖とする。東胤頼は上西門院(鳥羽天皇の皇女統子)に仕え,下総国香取郡東荘を領して東氏を称した。神護寺僧文覚(もんがく)と師弟の契を結び,また源頼朝の挙兵(1180)に際し長兄胤正の子成胤とともに下総国の目代を討った。1185年(文治1)頼朝から父常胤に与えられた三崎荘を父から譲与された。胤頼の子重胤は3代将軍源実朝に仕え〈無双の近仕〉と称された歌人で,その子胤行(素暹)は藤原為家(藤原定家の子)の娘婿となり,二条流の歌人として名高い。…

※「東胤行」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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