コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

東重胤 とう しげたね

1件 の用語解説(東重胤の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

東重胤 とう-しげたね

?-? 鎌倉時代の武将。
東胤頼の子。下総(しもうさ)香取郡(千葉県)東荘,三崎(海上(うなかみ))荘の領主。元久2年(1205)北条義時にしたがい畠山重忠を討つ。和歌をよくし,源実朝の近臣としてつかえる。建保(けんぽ)7年実朝が暗殺された鶴岡八幡宮参詣時にも供をしていたという。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の東重胤の言及

【東氏】より

…下総出身の中・近世武家。平姓千葉氏族。千葉常胤の六男六郎大夫胤頼(たねより)を祖とする。東胤頼は上西門院(鳥羽天皇の皇女統子)に仕え,下総国香取郡東荘を領して東氏を称した。神護寺僧文覚(もんがく)と師弟の契を結び,また源頼朝の挙兵(1180)に際し長兄胤正の子成胤とともに下総国の目代を討った。1185年(文治1)頼朝から父常胤に与えられた三崎荘を父から譲与された。胤頼の子重胤は3代将軍源実朝に仕え〈無双の近仕〉と称された歌人で,その子胤行(素暹)は藤原為家(藤原定家の子)の娘婿となり,二条流の歌人として名高い。…

※「東重胤」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

東重胤の関連キーワード小山朝長善康長平清基千葉胤頼(2)東胤行東行氏名越時幸二階堂行実二階堂行頼(1)源国基

今日のキーワード

平野美宇

卓球選手。2000年4月14日、静岡県生まれ、山梨県育ち。3歳で卓球を開始。07年に小学1年生で全日本選手権大会バンビの部優勝、09年に小学2年生で同大会ジュニアの部初出場を果たし、注目を集めた。13...

続きを読む

コトバンク for iPhone