東軽部村(読み)ひがしかるべむら

日本歴史地名大系 「東軽部村」の解説

東軽部村
ひがしかるべむら

[現在地名]赤坂町東軽部

大苅田(おおかんだ)村の北、砂(すな)川東岸に位置する。大坪・柳坪など条里制に関連すると考えられる地名がある。西軽部村とともに古代赤坂郡軽部郷(和名抄)の遺称地で、中世には軽部庄が成立する。元弘三年(一三三三)六月二七日の護良親王御教書(鹿王院文書)で鹿王(ろくおう)院(現京都市右京区)に安堵されている。庄内には戦国期まで同院領として続く山手(やまて)村、大聖寺知行分のあった下村(長禄二年五月一三日「山名教之遵行状」大聖寺文書)などがあり、庄域は現赤坂町一帯に比定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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