東鎌塚原遺跡(読み)ひがしかまつかばらいせき

日本歴史地名大系 「東鎌塚原遺跡」の解説

東鎌塚原遺跡
ひがしかまつかばらいせき

[現在地名]島田市湯日 本村・大道畑

大井川の右岸牧之原まきのはら台地北端部に立地する縄文時代中期後半の集落遺跡標高は約一二〇メートルで、遺跡の北側は浸食崖となる。発見は昭和三年(一九二八)で、同六二年に発掘調査され、竪穴住居跡三軒のほか多数の土坑・柱穴が検出された。住居跡は三軒とも多角形(六角形)プランである。第一号住居跡は対辺六メートルの大きさで壁周溝が巡り、五ヵ所の柱穴と石囲炉が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む