松ヶ崎浜村(読み)まつがさきはまむら

日本歴史地名大系 「松ヶ崎浜村」の解説

松ヶ崎浜村
まつがさきはまむら

[現在地名]新潟市松浜(まつはま)・松浜町・松浜新(まつはましん)町・下山(したやま)・根室新(ねむろしん)町・新川(しんかわ)町・太平(たいへい)

阿賀野川河口の砂丘斜面に位置し、東は太夫浜(たゆうはま)村。正保国絵図や元禄一三年(一七〇〇)の岩船蒲原郡絵図(新発田市立図書館蔵)には「島見浜地内松ケ崎無役」となっており、当時集落は現阿賀野川河口左岸の下山の辺りにあったといわれる。代々名主を勤めた村山氏は、寛文二年(一六六二)に太子堂(たいしどう)村(現豊栄市)から分家来村し、元禄三年名主に任ぜられたという(合併町村の歴史)。

享保一五年(一七三〇)当時阿賀野川は下山の南、津島屋(つしまや)村の北で西に大きく蛇行して信濃川と合流していたが、幕府の許可を得た新発田藩が当地に分水路を開削した。全長三八五間・幅三〇間・河口七五間で(新潟市史)、加治(かじ)川・阿賀野川の悪水吐を目的とし、新潟湊の支障とならぬよう常水以上の水のみを海に落すものであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む