松ヶ谷窯跡(読み)まつがたにかまあと

日本歴史地名大系 「松ヶ谷窯跡」の解説

松ヶ谷窯跡
まつがたにかまあと

[現在地名]小城町大字岩蔵字二瀬川

二瀬川(ふたせがわ)集落の西方山麓にある。前方を祇園(ぎおん)川が流れ、これを越えて南方に平野が広がり、有明海が遠望される。

松ヶ谷茶屋が藩主の別邸として天和年間(一六八一―八四)当地に建設され、ここのお庭焼きとして開窯した。二代藩主直能の時である。有田南川原(なんがわら)系の陶工によって製陶が始められ、赤絵窯はなく、赤絵の施しが必要な時は有田の御用赤絵屋に出していたと推定される。享保・元文年間(一七一六―四一)が最盛期で、御焼物方・皿山方などの役職が置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む