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松村理兵衛 まつむら りへえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松村理兵衛 まつむら-りへえ

1721-1785 江戸時代中期の治水家。
享保(きょうほう)6年3月15日生まれ。信濃(しなの)(長野県)伊那郡田島村の名主,酒造業者。宝暦年間の天竜川氾濫(はんらん)による被害をみて築堤を決意。工事半ばの天明5年4月5日死去。65歳。堤は文化5年孫忠良(ただよし)の代に完成した(理兵衛堤防)。本姓は前沢。名は忠欣(ただよし)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松村理兵衛

没年:天明5.4.5(1785.5.13)
生年:享保6.3.15(1721.4.11)
江戸中期の治水家。幼名竹五郎。名は忠欣。信濃国伊那郡前沢村(長野県中川村)で生まれ,15歳のとき田島村(中川村)の松村家の養子となる。田島付近は天竜川が蛇行したところへ前沢川が流入していて,常習的な水害地帯だった。理兵衛は農地を守るためにここに堤防を築こうとしたが容易なことではなく,寛延3(1750)年に始めた工事は,子の常邑,孫の忠良に受け継がれ,3代およそ60年を経て文化5(1808)年にようやく完成した。今に理兵衛堤防の名が残っている。<参考文献>磐田市史シリーズ編纂委員会編『天竜川流域の暮らしと文化』上

(斎藤洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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