江戸中期の蘭学(らんがく)者。通称忠次郎、柳圃(りゅうほ)と号す。長崎の資産家中野氏の家に生まれる。幼時長崎通詞(つうじ)志筑家の養子となり、8代目を継いで1776年(安永5)稽古(けいこ)通詞となったが、翌1777年18歳で病身のため辞職した。その後、本木良永(もときよしなが)について天文学、オランダ語学の研究に専心し、『暦象(れきしょう)新書』をはじめ多くのオランダ書の訳述や著述に従った。『求力論』『八円儀』『日蝕(にっしょく)絵算』『三角提要秘算』『火器発法伝』『和蘭詞品考』『鎖国論』『二国会盟録』『四維図説』などがある。主著である『暦象新書』はイギリス人ジョン・ケールJohn Keil(1671―1721)の著書のオランダ語訳書を解訳したもので、このなかで地動説を述べ、付録の「混沌(こんとん)分判図説」では「カント‐ラプラスの星雲説」に比して劣らぬ独創的見解が述べられている。また地動説を肯定しながらも天動説を排除しない立場をとっている。『求力論』は同じくケールの著書の訳述で、力学を説いたものである。これらは訳書ではあるが、志筑自身の見解も挿入されていて、単なるヨーロッパの自然科学説の紹介だけでなく、科学思想史的にみても重要な意義をもつもので、博学な一面をうかがうことができる。
弟子には蘭学者馬場佐十郎や吉雄権之助(よしおごんのすけ)(1785―1831)、大槻玄幹(おおつきげんかん)(1785―1838)、天文・数学に当時独歩と称せられた末次忠助(独笑)(1765―1838)らの俊才がある。
[渡辺敏夫]
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江戸後期の長崎の蘭学者。本姓中野氏,通称忠次郎,号は柳圃(りゆうほ)。オランダ通詞志筑家の養子となり,1776年(安永5)稽古通詞となったが,翌年病身を理由に辞職し,本木良永を師として蘭学研究に没頭した。イギリス人ケイルが著したニュートン自然哲学体系入門書の蘭訳本《奇児(ケイル)全書》の翻訳に終生取り組み,主著《暦象新書》上中下編(1798-1802成立)では,ニュートン,ケプラーの諸法則,地動説などの紹介だけでなく,自己の見解をも加え,太陽系の起源を論じた〈混沌分判図説〉で独創的な星雲説を唱えた。彼は東洋最初のニュートニアンである。またオランダ語の文法を明らかにした《和蘭詞品考》は,1814年(文化11)門人馬場佐十郎が《訂正蘭語九品集》として出版,蘭語研究に画期的な貢献をした。ケンペルの《日本誌》から鎖国の可否を論じた章を訳注した《鎖国論》(1801成立)も注目される。
執筆者:有坂 隆道
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1760~1806.7.8/9
江戸中期の天文学者・蘭学者。本姓中野。名は盈長・忠次郎,のち忠雄。号は柳圃。字は季飛・季竜。長崎生れ。1776年(安永5)義父のオランダ通詞(つうじ)志筑孫次郎の跡を継いで稽古通詞となるが,翌年,病身を理由に辞職。中野姓に復し,蘭書の翻訳・研究に励む。主著「暦象新書」では,ニュートン,ケプラーの諸法則や地動説を紹介し,弾力・重力・求心力・遠心力・加速などの術語の訳出を行うほか,独自の展開をもみせている。オランダ語学・文法研究では「助字考」「和蘭詞品考」を著す。またケンペルの「日本誌」から「鎖国論」を抄訳するなど,思想家としても高く評価される。
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…1906年京都帝大文科大学学長となった。1冊の著書すら残さないが,独創的な合理主義思想家であり,志筑忠雄を評価し,埋もれていた安藤昌益を発見・紹介した(1899)。幅広い古書収集家としても知られ,狩野文庫(東北大学蔵)がある。…
…それは,江戸幕府が内外の情勢に対応して集権的な権力を確立する過程の一環として打ち出されたもので,日本列島が当時の世界交通の辺境である東北アジアにあり,大陸と海で隔てられているという地理的条件と,季節風と海流を利用した帆船の技術的条件によって,長期にわたる状態の固定が外部から支えられた。 〈鎖国〉の語は,1801年(享和1)長崎の通詞で著名な蘭学者でもあった志筑忠雄がケンペルの《日本誌》の一章を翻訳し〈鎖国論〉と題したときに始まる。ケンペルは鎖国状態のもたらす効用を肯定的に記述したのであったが,英訳からの重訳であるオランダ語版は,その是非を問う表題になっていた。…
…これにたいして通詞系蘭学の場合,天文学・暦学・航海術,それに地理学・医学をも含むが,それらはおおむね通詞が本務のかたわら余技としてなされたもので,研究的な要素は稀薄である。もっとも,例外としてあげられるのは志筑忠雄の《暦象新書》である。同書は単なるニュートン力学の紹介書の翻訳ではなく,高度の研究的内容をもつことは研究者の等しく認めるところである。…
※「志筑忠雄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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