松渓経塚遺跡(読み)まつだにきようづかいせき

日本歴史地名大系 「松渓経塚遺跡」の解説

松渓経塚遺跡
まつだにきようづかいせき

[現在地名]野村町松渓

松渓の狭長な田畑西方から迫る山腹で、昭和三一年(一九五六)発見された経筒埋納遺跡。出土の経筒二個はともに銅板鍍銀で、総高一五・七センチ、口径九・七センチ、厚さ〇・八ミリの被蓋式で鈕なしの蓋をもつ。一つには「徳治三戊申九月廿四日藤原義英」など、他の一つには「風早国利敬白」の銘文が刻まれている。筒内には大部分が朱書の法華経が四七巻分、跋文を伴って書かれていた。

同時に出土の口径約一五センチの須恵質の甕破片や、黄褐色素焼の土師器類は、経筒などの容器であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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