松谷寺跡(読み)しようこくじあと

日本歴史地名大系 「松谷寺跡」の解説

松谷寺跡
しようこくじあと

[現在地名]鎌倉市佐助一丁目

法務局鎌倉出張所の西方の谷にあった学問寺という。天保三年(一八三二)の扇ヶ谷村絵図(旧大仏家蔵)に描かれた佐介さすけやつ小谷「松枝谷」が当寺跡とみられる。宗旨未詳。

最極秘抄奥書(県史二)に嘉元二年(一三〇四)九月五日「於鎌倉松谷寺書写了、金剛仏子智照」とみえるのをはじめ、華厳遊心法界記奥書(同書)に「嘉元第三暦暮春尽日、於相州松谷山、智照記」、華厳修禅観照入解脱門義奥書(同書)に「延慶第二之暦(五月)上旬之比、於鎌倉松谷寺令書畢」とあり、所在地は通用行法奥書(同書)に「延慶三年九月廿四日、於相州深沢松谷山感得此書」とあるので、深沢ふかさわに所在したことになる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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